裁判例(管理監督者)

残業代はお任せ
以前のコラムでは、いわゆる管理監督者については残業代を請求することができないことと、どのような人が管理監督者にあたるのかについての一般論を、お話ししました。

今回は、管理監督者にあたるか否かが争われた具体的な事例をご紹介します。

【HSBCサービシーズ・ジャパン・リミテッド事件(東京地裁平成23年12月27日】

1 事案の概要

原告は、VP(ヴァイス・プレジデント)として被告に採用されましたが、管理監督者にふさわしい権限や責任を有していなかったから、管理監督者はあたらないものとして、残業代を請求しました。

2 事実関係

① 原告は、年俸1250万円で、採用された。
② VPは、マルチチャネル「部門」において、インターネットバンキングの開発に関するプロジェクトマネジメントを行う職務を有していた。
③ マルチチャネル部門の中には、いくつかの「担当チーム」が存在し、原告は、マルチチャネル開発担当チームに、所属していた。
④ マルチチャネル開発担当チームの中には、4つの「ライン」が存在し、原告は、チャンネル開発担当ラインに、所属していた。
⑤ 原告の部下に当たる職員は、いなかった。
⑥ HSBC銀行のグループにおいては、上から順に、Band0、Band1、Band2・・・Band9という等級が存在していた。原告は、Band5と位置づけられ、就業規則により、残業代の支給対象から外されていた。
⑦ HSBC銀行のグループにおける支店の支店長は、原告と同格のBand5と位置づけられていた。
⑧ 原告は、タイムカード等による時間管理を受けておらず、遅刻、早退、欠勤等についても、賃金が減額される扱いになっていなかった。

3 結論(管理監督者にあたるか否かの部分のみ)

裁判所は、「原告は、管理監督者にあたらない。」と、判断しました。

4 理由

裁判所は、①~⑥などの事実をあげたうえで、原告が、マルチチャネル部門という1つの部門の中でも、インターネットバンキングという限定された業務の裁量に過ぎないことや、部下がおらず、部下に対する労務管理上の裁量権がなかったことから、原告は、管理監督者にふさわしい職務内容や権限を有していなかったと認定しました。

また、被告は、インターネットバンキングという分野が経営上の重要性が高い分野であることも主張しました。しかし、裁判所は、原告の裁量は、あくまで原告自身が担当する業務を処理する上での裁量権であって企業組織の一部門を統括するような権限ではないとしたうえで、上記被告の主張について、実質的には、裁量労働制類似の裁量権をもって管理監督者性を肯定する要素としようとするものと理解されるが、管理監督者性と裁量労働制とが異なる制度であることから、上記要素によって管理監督者性を肯定することはできないとしています。

また、被告は、銀行の各支店長が原告と同じBand5であり、被告が一定のラインに属しないけれども管理職にあたる、いわゆる「スタッフ管理職」にあたるとも主張しました。しかし、裁判所は、仮に、各支店長が管理監督者にあたるとしても、全く別の職務に就いている原告が管理監督者にあたることになるわけではない、としています。

5 まとめ

このように、「VP(代表者補佐)」という、相当に上位の役職であるかのような肩書を有する人であっても、管理監督者にあたらないことがあります(以前のコラムでお伝えしたとおり、管理監督者にあたるか否かは、肩書などの形式的なところでは決まりません。)。

また、専門的な職務を行う人で、かつ、相当に高収入の人でも、それだけで、管理監督者にあたるわけではありません。

現実の社会でも、多くの会社が、「課長」「店長補佐」「チーフ」などの様々な肩書を与える代わりに、残業代を支給しない扱いをしています。

しかし、労働法上は、これらの肩書を有する方であっても残業代を請求できる可能性があります。是非お気軽に、当事務所までご相談ください。

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